親なるもの 断崖 登場人物紹介(9話サブキャスト)と9話ネタバレ

梅の家族

大河内道生

梅と大河内茂世の間に生まれた女の子。

女郎の子供といじめられるが・・・

 

大河内茂世の母

道生の祖母でもあり、梅と茂世の結婚には反対していた。

女郎が嫁いできたのは大河内家の恥だと言う。

 

 

9話について

昭和11年。

梅には道生という長女が誕生していた。

 

「お前は本当に幸せな子だよ」

 

梅は道生を背負いながらそう言う。

しかし梅の生活は厳しいものだった。

梅が女郎だったことは誰しもが知っていたので、

家にまで押し寄せてくる男ども。

姑にまで淫売女呼ばわりされる毎日。

 

 

そんなある日、近所の人たちに道生がいじめられているのを見つけた梅。

手に持っていた鎌をふりかざし道生を助けに入る。

その時男の子の頭に怪我をさせてしまう。

 

そのことが知れ渡り、梅は町中の人から町から出て行けと言われる。

姑を始め大河内家の女性たちからも責められる梅。

しかし男の子に怪我をさせたこと以外は責められる筋合いではない!

と強く反論する。

 

「母親が女郎だからその子供がいじめられるのよ」

 

大河内家の人間から放たれたその言葉に梅は絶句してしまう・・・

 

周りからの扱いはひどかったが、幸せを感じていた梅と道生。

その生活がこの日を境に一変してしまう。

 

家の周りにはいつも知らない人間がいて外に出られないようになった道生。

たまたま外に出た時、母梅は強姦されていた。

 

「父さんには言うなよ!行ったらお前を殺すぞ・・・」

母親の口からそんな言葉が出るなんて・・・

 

父親はもともと口数が少なかったが、馬としか喋らなくなったと言う。

 

そして梅はある日出て行ってしまう。

 

時を同じく女の死体が浜に上がった。

それはなんと駆け落ち騒動の時に地球岬から落ちて行方不明になっていた道子だった!

5年間も変わらないままの姿だった道子。

 

「何が言いたくてでてきたのか・・・」

 

引き上げた人間もそう漏らすばかり。

 

結局梅は見つからなかった。

父は道生に母が女郎だったこと、なぜ結婚したのか、そして室蘭という街がどういうところなのかを伝える・・・

 

時は流れ昭和16年。

梅は失踪以来だれからも目撃されていない。

大きくなった道生は砂浜を歩く・・・

 

 

2部、いきなり道生登場ですね!

子供とのつかの間の幸せ、そして梅の失踪。

母親に捨てられた道生はどんな人生を歩むのか!?

 

次がやっぱりきになります!!!

 

 

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親なるもの 断崖 戦争への道

親なるもの断崖の第1部、昭和2年〜9年の間に起こった戦争へ繋がる出来事をあげてみたいと思います。

 

昭和6年

9月、柳条湖事件が起こります。

日本の所有していた南満州鉄道が爆破されたのを中国のせいにして、

日本軍が中国に侵攻を開始。という満州事変のきっかけですね。

 

昭和7年

2月、関東軍(日本の軍部)がハルピンを占領します。

これによって中国東北部は日本に制圧されました。

 

3月、制圧したので満州国を作ろう、ということで日本の傀儡国家を作ります。

形上、清国最後の皇帝、いわゆるラストエンペラーですね、愛新覚羅溥儀を満州の皇帝にします。

国際連盟はリットン調査団を派遣し、満州国を認めるか調査します。

結果は認められないということ・・・

 

昭和8年

3月、日本は国際連盟を脱退します。

そしてこれから中国に対してちょいちょい戦闘をしかけて昭和12年の日中戦争へと発展してしまいます・・・

 

親なるもの 断崖 第1部の最初はまだ貧しいけれど平和な時代だったんじゃないかと考えられますね。

 

一説によると、戦前の日本はアメリカ並みに自由な生活を求めていたと言われています。

例えば戦後日本の終身雇用なんてものは戦前にはありません。

みんな自由に仕事を変えたりして生活していました。

 

しかし東北地方の寒村はそういうわけにもいかなかったんですね。

当時も生活保護はありましたが、父親が絶対の家長制度の中、

生活保護は恥だといわれていました。

そうなるぐらいなら妻や娘を売ってでも・・・ということだったんですね。

実際この物語でも娘がバンバン売られていきますし。

 

それから戦争の破滅へと向かって行くんですね・・・

 

というわけで次は第2部、

大河内茂世と結婚した梅はどのような運命をたどるのか!?

楽しみですね!!

親なるもの 断崖 登場人物紹介(8話サブキャスト)と8話ネタバレ

富士楼

美加代

函館から女郎として富士楼に売られてきた13歳の生娘。

直吉が幕西を出て行く最後の『見立て』の相手。

なかなかの上玉。

 

 

8話について

身請け話から3年。

18歳になった梅はついに嫁入りを決意する。

しかし梅の頭の中には1年前に一目だけ会うことができた中島聰一がいた・・・

 

当時は戦争への道を下っていた日本。

日鉄のある室蘭は軍需景気で九条こと武子をはじめ、富士楼の芸妓たちは引っ張りだこ。

富士楼の女将は自分が育てた九条が日本一の芸妓だと自慢気に話す。

しかし九条の腹のなかは・・・

 

九条の後援者、大林盛康と2人になると出てくる本音。

大林に店を一軒買ってくれるようにいい、

なんとその店では富士楼の芸妓をすべて引き抜くのだという。

 

直吉は梅への思いを断ち切るためか幕西を去ろうとしていた。

そんな直吉の前に函館から売られてきた美加代という娘を見立ててくれと依頼される。

女郎にしてくれと直吉に頼んだ梅の姿を思い出しながら

美加代に問う。

 

「男を、この俺を騙せるか?」

 

頭の中には

「おまえとはいっしょに生きてはいけない」

という梅の姿。

そして直吉の感情が爆発する。

 

「あれほどの女郎はもう いない!!!」

 

梅を身請けするのは駆け落ち事件の時に暴漢から救ってくれた大河内茂世。

その同じ日に連合艦隊が室蘭港に入港する。

 

それを祝うべく舞う九条。

そこへ芸妓をすべて取られたとしたt富士楼の女将が怒鳴り込んでくる。

しかし九条は気にもせず舞い続ける・・・

 

一方夫とともに入港を見ていた梅。

大河内は鉄は平和産業なのだと悲しそうにいう。

しかし梅は武子に言われた言葉を思い出していた。

 

「女を生むのや お梅」

 

ついに1部終了!

次から2部のスタートです!!

 

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親なるもの 断崖 昭和初期の市民文化について

親なるもの 断崖当時の国内について書いてみたいと思います。

 

昭和初期の風俗について(ウィキペディア)

アメリカやフランスの新しい文化が流入、受容される中、日本でも西洋の影響を独自に消化した文化が醸成されていった。

大正時代に引き続き竹久夢二の美人画や高畠華宵の美少年・美少女の挿絵などが絶大な人気を得、北原白秋、西條八十などの作詞による抒情詩が愛読・愛謡された。また『改造』、『キング』、『文藝春秋』などといった総合雑誌や、岩波文庫や円本と呼ばれる廉価な書籍が刊行され、教養の大衆化が進んだ。

川端康成、横光利一などの新感覚派文学や、吉川英治、中里介山などの大衆文学が出現。雑誌『新青年』などでは江戸川乱歩や夢野久作などの怪奇幻想趣味、あるいはエログロナンセンスと呼ばれる作風が一世を風靡し(この分野の開拓者は大正時代の谷崎潤一郎である)、また日夏耿之介が東西古今の怪奇・幻想作品の紹介を行った。

黄金バット、フクちゃん、のらくろ、少年探偵団シリーズといった児童向けの娯楽作品が隆盛を極めたことも記憶に値する。

その他、映画では嵐寛寿郎、大河内伝次郎、阪東妻三郎といった時代劇スターが現れ、音楽では服部良一、古賀政男や中山晋平と言った作曲家や淡谷のり子、藤山一郎、東海林太郎、ディック・ミネなどの歌手が活躍した。川畑文子やベティ稲田、バッキー白片ら日系アメリカ人が本場仕込みのジャズやハワイアンを武器に活躍したのも、この時代の特徴である。

大劇場の建築ラッシュが起こり、都心部に東洋劇場、日本劇場、東京劇場、宝塚大劇場、東京宝塚劇場、日比谷映画劇場が建設された。

 

生活について

また生活様式も大きく変わり、服装も女性は着物(和服)に日本髪といったものから洋服を着、断髪し帽子をかぶるといったことが一部の勤め人の女性では一般に浸透しつつあり、それにともない女性の社会進出も進み、「バスガール」と呼ばれたバスの女性車掌やウェイトレス(当時は女給と呼ばれた)など職業婦人が出現するようになった。最先端の洋装を着た女性は「モダン・ガール(モガ)」と呼ばれるようになった(男性版の「モダン・ボーイ(モボ)も存在した)。

市民の足として鉄道会社が開発する沿線の土地には住宅が建てられ、そこに暮らす人々がターミナル駅のデパートで休日に買い物などに立ち寄るといった市民生活が一般的になったのも昭和初期からであった。この時期に開店した主なデパートとして、世界初のターミナル駅デパートである阪急百貨店を始め、三越百貨店、大丸百貨店などが挙げられる。都心部では地下鉄の建設が始まった。日本における最初の地下鉄である「東京地下鉄道(現・銀座線)」は1927年(昭和2年)に、続いて「大阪市営地下鉄(御堂筋線)」が1933年(昭和8年)にそれぞれ開業している。

洋行帰りの実業家らが洋食のレストランを開き、都心で成功をおさめるようになったのもこの頃である。当時のカフェーは独身男性の利用が主であったが、いずれもモダンさが受け、人気が高かった。ライスカレー、オムライス、カツレツなど現在では定番となった洋食メニューが、好んで賞味された。またお子様ランチ、森永ミルクキャラメル、三ツ矢サイダー、カルピス、インスタントコーヒー(ネスカフェ)、サントリー角瓶など、現在でも愛食・愛飲される商品が数多く開発された時期でもある。

前述の鉄道沿線開発では阪急電鉄の小林一三、東武鉄道の根津嘉一郎の近代田園都市建設は名高い。宝塚大劇場や甲子園球場が開場したのはこの頃である(阪神間モダニズム)。

モダニズム建築やアール・デコ様式が持てはやされ、旧山邑家住宅、甲子園ホテル、同潤会アパート、聖路加国際病院(旧病院棟)、伊勢丹新宿店、旧朝香宮邸などが建設された。

 

うんちくはこの辺にして笑

あらすじいきましょう!!

親なるもの 断崖 7話ネタバレ

7話について

駆け落ち騒動から梅は道子と名乗り、隠し部屋に入れられていた。

そんな梅が妊娠していた。

中島聰一の子か、あるいは駆け落ちの時に強姦された男の子か・・・

誰の子ともわからない子供を梅は出産する。

しかし妊娠中も折檻や暴行を受けていたため死産してしまう。

 

出産直後から客を取ることを強いられる梅。

そんな梅に身請け話が入る。

女将は隠し部屋の女郎が身請け話などそれ以上の幸せはないというが、

梅に惚れている直吉はその話を梅にするか悩んでいた。

 

そんな中、直吉は軍人から腹を刺されてしまう。

軍関係者が相手だと手が出せないこの時代。

直吉は医師の手当てもあり一命を取り留める。

 

直吉が刺されたと梅に伝えたのは服番頭の隆太だった。

隆太は直吉の梅への思いを伝え、直吉と一緒になるように梅にすすめる。

 

一方芸妓九条として名を馳せている武子。

 

「あの芸妓がいると必ず商談がうまくいく」

 

と北海道中の評判を集めていた。

 

傷も癒え、退院した直吉は隠し部屋の梅に会いに行く。

そして梅に身請け話をする。

 

しかし梅の返答は

 

「おらをもう一度幕西一の女郎にしたててみろ!直吉!!」

 

だった・・・

 

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親なるもの 断崖 遊郭について

そもそも遊郭とは?

公許の遊女屋を集め、周囲を塀や堀などで囲った区画のこと。(Wikipedia)

 

いつからあったの?

男尊女卑の時代に女性が稼ぐには自分の体を商品とするしかなかったようで、

今でいうフリーランスで女郎をやってる人は古来よりいたみたいです。

決まった場所があるわけではなく、港や宿場など人の集まる場所に女郎も集まってきていたそうです。

 

政府公認の遊郭というシステムが確立したのは安土桃山時代、

豊臣秀吉が歌舞伎役者の林又一郎という人の願い出に許可したのが始まりと言われています。

その時にできたのが大坂の新町遊郭と京都の島原遊郭とのこと。

ちなみにこの2つと江戸の吉原遊郭の3つが三大遊郭だったそうです。

 

どのくらいの数あったの?

江戸時代の1678年に『色道大鏡』という今でいうガイドマップには全国25箇所の遊郭が記してあったそうです。

 

親なるもの断崖の時代、昭和4年の統計では実に511箇所もあったみたいです。

そして北海道が45箇所と一番多かったそうです。

 

遊郭写真集

 

吉原遊郭の新年」(ベルリン「北斎展」出展作品)
1811年頃。5枚続の左半分。大判錦絵5枚続。各36.9×25.0 cm。かつしか北斎画。版元:伊勢屋利兵衛。墨田区蔵。

客待ちをする吉原遊郭の遊女(Wikipedia)

屋内から見た遊女の後姿(東映太秦映画村)(Wikipedia)

明治5年(1872年)頃の東京の吉原遊郭(Wikipedia)

親なるもの 断崖 登場人物紹介(6話サブキャスト)と6話ネタバレ

その他

大河内茂世

地球岬の近くに小屋を持つ謎の男性。

ヒゲだらけの顔。

 

 

6話について

中島聰一との駆け落ちをするために道子と一緒に合流場所へ急ぐ。

途中で道子は吐血。

病に蝕まれて目も見えなくなっていた道子はギリギリ生きている感じ。

梅は道子の手を掴み、引きずるように連れて行く・・・

 

一方中島聰一は合流場所へ向かう途中に偶然聰一を探していた弟に出会う。

弟から父親が倒れ、聰一に一目会いたいということを伝えられる。

 

弟と一緒に一旦家へ戻った聰一。

襖越しに父親と対面。

梅と生きて行くという聰一に対し、必ず生きて戻ってこいという父。

そして特高がやってきて逃げ出す聰一。

しかし聰一は特高に捕まってしまう。

 

地球岬で聰一を待つ梅と道子。

道子はもう瀕死の状態。

突然男がやってきて道子を崖下へ突き落としてしまう。

 

男たちに連れ去られた梅は小屋で犯されてしまう。

そこへ大河内繁世と名乗る男性に助けられ、梅は直吉に届けられる。

 

特高から拷問をうけ室蘭から去った中島聰一。

富士楼へもどり隠し部屋で客取りをさせられることとなった梅。

この後どんな展開になるのでしょうか!?

 

 

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親なるもの 断崖 作者について

原作者 曽根 富美子

親なるもの断崖の舞台の北海道室蘭生まれ。

1992年に『親なるもの 断崖』(秋田書店の『ボニータ イブ』に1988年 から1989年まで連載)で第21回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。

他にも自身の幼少時代を描いた『ブンむくれ!!』などがあります。

 

親なるもの 断崖を描いた経緯

地元室蘭を舞台に作品をかくことは決めていたけどドラマになるネタがなかなかなかったそうですが、

自宅の本棚にあった室蘭の記録書中に幕西遊郭のことが載っていて引き込まれたとのことです。

 

親なるもの 断崖はノンフィクション!?

作者の曽根さんいわく、

史実に関しては実際のものをベースとしていて、

キャラクターやセリフの9割はフィクションらしいです。

 

作者は実際に幕西遊郭の女郎とつながりのある人にも取材したとのことで、

これだけリアルな作品がかけたんですね!!

 

そんなことも踏まえながら【親なるもの 断崖】読んでいきましょう!!!

親なるもの 断崖 登場人物紹介(5話サブキャスト)と5話ネタバレ

富士楼

隆太

富士楼の服番頭で、あどけない顔でいい人感がでている。

下働きの茜をコツコツ貯めた金で身請けする。

 

ルリ子

女郎。

馴染み客の海軍軍人に毎回暴力を振られ、恐怖からおかしくなる。

直吉から「モルヒネでも打っとけ」と言われた男たちに連れて行かれ・・・

 

その他

中島聰二郎

中島聰一の父。

医者で自身で医院を営んでいる。

梅に聰一と別れてくれと言いにくるが、言い返され激昂する。

殴りかかるが直吉に止められる。

 

久末進

中島聰一の通っていた師範学校の先生をしていたが、

プロレタリア文学に傾倒していたため捕まってしまう。

拷問の末釈放されるも、仕事を失い、出版物も発禁となってしまう。

社会主義者としてマークされており、愛国主義者の手に落ちてしまう。

 

久末充子

久末進の妹で兄の身の回りの世話をしている。

兄と一緒に愛国主義者に襲われ強姦される。

その後自殺。

 

 

5話について

15歳になった梅はついに中島聰一に抱かれ、相思相愛の関係になる。

しかし、中島聰一は社会主義者と言われている久末進とともにマークされている存在。

中島聰一の父も息子を心配して梅と別れるようにいうがもはや別れられない2人。

 

そんななか下働きの茜が服番頭の隆太の身請けで結婚することに。

女郎たちからは嫌われている茜が仕切ろうとするもみんなに無視される。

梅から励ましの言葉をうけるがどうなるものか・・・

 

中島聰一が富士楼へやってきていたある日、

茜と隆太が部屋を訪れ、久末兄妹が愛国主義者に殺されたという話をする。

それを聞いた梅と中島聰一は逃げることを決意。

 

その直後に梅の部屋に特高が踏み込んでくる。

 

別々に逃げて後で合流する約束をした2人。

梅は道子のいる山羊楼へ向かう・・・

 

駆け落ち!?

ナンバーワンの梅がそんなことしたらどうなる!?

続きが早く読みたい!!!

 

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親なるもの 断崖 舞台の室蘭について

物語の舞台 室蘭

さて、舞台となっている室蘭ですが、私も北海道の都市という以外ほとんど知らないんです。

というわけでウィキペディアさんの出番です(笑)

 

『室蘭市(むろらんし)は、北海道にある市。 胆振総合振興局所在地。計量特定市。市名はアイヌ語の「モ・ルエラニ」(小さな・下り路)に由来している。明治期の呼称は「モルラン」』

 

北海道の地名って読み方難しいところが多いですが、

これってアイヌ語だったからなんですね!

室蘭も明治時代は「モルラン」って呼ばれてたみたいですが、

「ムロラン」より「モルラン」のが言いやすい!

と思ってのは私だけでしょうか(笑)

 

『明治初期、戊辰戦争で敗れた仙台藩の一門筆頭・角田石川氏の家臣団の集団移住により、現地の開拓が始まる。明治後期、日英3社合弁で日本製鋼所室蘭製作所、続いて新日鐵住金室蘭製鐵所が設立され「鉄のまち」として発展し、東北・北海道を代表する重化学工業・港湾都市となった。市内の工場夜景は新たな観光資源になっており、「全国工場夜景都市協議会」に加盟している。一方、測量山は渡り鳥の中継地としてこれまでに200種類もの野鳥が観測されているほか、ハヤブサの繁殖地になっている。また、室蘭近海はイルカ・クジラなどの海洋哺乳動物に出会える機会もあり、「イルカ・クジラウオッチング」をすることができる』

 

鉄のまち、きましたねー。

日本製鉄所、日鉄が室蘭を重工業のまちにしたんでしたね。

 

ちなみに幕西遊郭のある幕西ですが、Googleマップさんで確認できます。

 

幕西坂ってほんとにまっすぐな坂道でしかも行き止まり。

今から80年ぐらい前にはこの坂の両側に遊郭が並んでたのかと思うと、

なんだか感慨深くなります。

 

こんなのも踏まえながら読んでいくとさらに話に入り込めますね!!!